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旧山口藩庁門

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幕末において最新の西洋式城郭で固められた山口政事堂の正門

 1864(元治元)年、萩から山口への藩庁移転の際に建てられた「山口政事堂」の正門で県の重要文化財。周囲は、当時としては最新となる西洋式城郭で固められており、その一部を構成したお堀もそのまま残る。門は、切妻造、本瓦葺きの「薬医門」と呼ばれる形状をしており、高さ約6.8m、幅約10m。県庁側の脇門は常時開かれており自由に通り抜け可能で、正門も歴史イベントなどに合わせて特別に開門されることがある。また、山口県文書館や山口県立山口博物館には、山口政事堂の詳細な絵図が現存する。

 なお、藩庁移転直後、禁門の変を端に発する第一次長州征伐が発生。藩内においては幕府恭順を主張する俗論派が藩政を握ることとなり、毛利敬親はいったん恭順を決断。幕府の要求により、敬親親子の萩蟄居とともに藩庁も戻され、山口政事堂は建物のほとんどが破却された。しかし、高杉晋作を中心に長州諸隊が功山寺に挙兵し、1865(元治2)年、大田・絵堂の戦いにおいて藩正規軍を打ち破り、俗論派は排除され再び高杉ら正義派が藩政を握った。1866年には山口政事堂が再建され、直後には四境戦争(第二次長州征伐)で幕府軍に勝利。以降、敬親は正式に山口を拠点とすることとなった。

所在地 山口市滝町1-1(山口県庁敷地内)
電話番号 083-934-2810(山口市観光交流課)
入場時間 -
入場料金 -
アクセス JR山口線山口駅より徒歩10分
防長交通・JRバス県庁前バス停すぐ
山口市コミュニティバス「大内ルート」62-3番県庁東門下車徒歩3分
定休日 なし
駐車場 あり(旧県会議事堂前駐車場約40台、平日は山口県庁駐車場利用可)