明治維新百五十年の山口市を旅するサイト 明治維新策源地山口市

文字サイズ →

今八幡宮

  • 今八幡宮
  • 今八幡宮

久坂玄瑞や入江九一ら若い藩士が連日集い尊皇攘夷を語る

 1863(文久3)年の山口への藩庁移転後、今八幡宮の社務所には毎日のように若い藩士たちが集まるようになった。彼らが通ったとされる門が現在もそのまま残されている。久坂玄瑞、入江九一、堀真五郎、来島又兵衛らが、尊皇攘夷に向けての議論を交わし長州諸隊の一つ「八幡隊」(当初は「神威隊」)を結成し、堀真五郎を隊士100人の総督とした。長州藩が京を追われるきっかけとなった同年の「八月十八日の政変」の報復を企図し、久坂や来島らとともに半数にもおよぶ隊士が翌1864(元治元)年の「禁門の変」に参加することとなる。その後、八幡隊は、高杉晋作の挙兵に呼応し大田・絵堂の戦い、さらに続く四境戦争(第二次長州征伐)においても活躍した。その後、堀真五郎は、新政府においては大審院判事、また貴族議員を歴任した。

 今八幡宮の創建年は不明であり、守護大名大内氏24代弘世による山口開府(1360年)よりも前とされる。29代政弘によって山口の総鎮守と定められ、さらには次代義興によって国重要文化財にも指定される現在の社殿(1914年に解体修復)が造営された。幕末においては藩士のほか、京を追われた三条実美以下七卿も援助を受けている。

所在地 山口市八幡馬場22
電話番号 083-922-0083
入場時間 -
入場料金 -
アクセス JR山口線上山口駅より徒歩約10分
防長交通自衛隊前バス停・JRバス山口自衛隊前バス停徒歩3分
山口市コミュニティバス「大内ルート」・6番野田バス停徒歩5分
定休日 -
駐車場 あり(10台)